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初任給、いただきました。


社会人になって1ヶ月、初めてのお給料をいただきました。純粋に嬉しかったのと同時に、まだ研修中で基本は話を聞いているだけなので、こんなにお金をもらってもいいものなのかと思ったりもしています。まぁでも最初の1年なんてのは正直大した成果も出ないだろうし、その辺はあんまり気にせずできることを一生懸命やっていこうと思います。


初任給をもらったはいいものの、そういえば自分は何に使おうか?ということを全然考えていませんでした。考えていなかったというよりも、欲しいモノがないというのが正確かもしれません。薄々気づいてはいたけれど、初任給をもらって改めて「自分は現状の生活に満足しているのだなぁ」と感じました。


車はいらないし(乗るとしても乗れれば何でもいい、デザイン・機能はこだわりなし)、将来は一戸建てに住みたいという想いもない(それなりにキレイで住めればなんでもいい)。4月は歓迎会的なやつで飲み会が多いのですが、そんな話をすると結構驚かれます。同期でも「家が欲しい」とか「カッコイイ車が欲しい」というのを割と聞くので、考え方の違いを知ることが出来て楽しいです。


そんな話をする中での同期の話で、確かにそうかも。と思えたのがありました。それが「ドライブデートする時にはカッコイイ車のほうがええやん?」というものです。彼は関西人(イケメン)です。


これって当たり前だと思われるかもしれませんが、私にとってはそうでもなかったのですね。というのは、これまで20数年生きてきてきたスタンスとして「自分が楽しければそれでいい」というのがありました。要はベクトルが自分に向かっているわけですね。車がいらないとか、一戸建てもいらないというのはあくまで自分がどう思うかという話。でもドライブデートとなってくると他者の想いが介入してくるわけです。


で、「自分が楽しければそれでいい」というスタンスの私がどうしてそこに引っかかったのかを考えてみると、2つある気がします。1つは新たに住みはじめた地域で見たものの関係、もう1つは自分がギフトを選んでいる時の気持ちです。


前者は以下の写真を見てもらえると早いです。


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これは4月上旬、週末の光景です。素敵な場所なのはもちろん、そこで家族が楽しそうにしているんですよね。お子さんと鬼ごっこ的なことをしたり、かくれんぼしたり。しかもかくれんぼはかなりわかりやすいところに隠れているのに、お母さんは「どこかな~」なんて言って。私もこういう生活がしたいと思った。この光景は自分が楽しければそれでいいというスタンスでは絶対に実現しないと思います。端から1人でそれを眺めている自分はほっこりしつつ、寂しくもなりました。




後者の自分がギフトを選んでいる時の気持ちというのは、具体的には友人への誕生日プレゼントを選んでいる時の気持ちです。簡単に言えば「どんなものなら喜ぶかなー」などを考える的な話なのですが、これが思っていた以上に楽しい。これまで私は恥ずかしいことに他人にプレゼントを渡すという行為を面倒がって全然してこなかったので、この楽しさがわからなかった。でも今回の機会でよくわかりました。



この2つの話で要するに何が言いたいのかというと、実は「他人が楽しんでくれるほうが自分の満足度も高まるんじゃなかろうか」ということです。これはあくまで私自身の話で一般化できるとは思っていませんが、少なくとも私自身はそう思うようになりました。そう考えると車も乗れればいいなんて言ってる場合じゃないのかも^^;自動車メーカー的にはデートするのにカッコイイ車は必須ですよ!という流れに持っていければ案外効果あるんじゃないか?なんて思いつきですが感じました。



自分が欲しいものが今のところないのならば、他人に楽しんでもらうにはどうしたらいいかをとりあえず考えていけばいいのではないか。初任給からそんなことを考えた週末でした。


※2つって言いましたが3つかもしれません。以下の映画を見たというのも私にとっては案外重要かも。


共有されることで幸福感は増大する―『INTO THE WILD』を見て - パンダのぼやき


イントゥ・ザ・ワイルド [Blu-ray]

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久しぶりの投稿。


どうもお久しぶりです、パンダです。


社会人になってから全くブログを書けていなかったので、とりあえず何か書いてみようと思った次第なのですが、今の生活サイクルを考えると今後は日記というか、雑感というか、そんなとりとめのない記事が増えていくような気がします。


今現在はまだ研修中ですが、研修とはいえそれなりに頭を使って疲れるので、家に帰ってまたパソコンを開いてこれまでのような社会科学系を考える余裕が正直ありません。会社勤めをしながらブログを更新している方々がどれだけすごいのかを実感します。

やはり時間がない


さて、社会人を3週間ほど経験して思うのは、やはり大学生とは違って自分が自由に使える時間は限られるということです。朝はギリギリまで寝ていますし、家に帰ってからはご飯を食べながら録画していたアニメを見て、本を読んだら12時前にはおやすみなさいという感じです。時間の使い方をもう少し考えないとなぁと感じています。やりたいことは特にないけれど、どういう生活をしたいのか?くらいは明確にしておきたいものです。

満員電車


これも経験する前から辛いのはわかっていましたが…。満員電車が嫌だからフリーランスになりたい的な考え方、あんまりピンと来ませんでしたが、経験してわかりました。

休日


社会人になってもう1つ感じたのは、自分の中で「休日」というものがはっきりしたという点です。大学生の時は毎日が休日のようなもので、「今日は休日!」という感覚がありませんでした。平日は基本講義に出て空き時間は図書館で勉強、土日はバイト、4年次は土日すらバイトをせずに図書館で勉強してブログ等で発信、なんてことをやっていましたので、休むという感覚がありませんでした。



しかし社会人になると、平日はスーツを着て外に出るというだけである程度オンに入るのですが、土日は今のところ買い物以外はほぼ家にいる状態で完全なオフです。あとは大学生の時にはめったにしなかった散歩をしたり、一人暮らしは5年目ですがそんなこと今までに感じたことのないのに家に帰った時に誰もいないことに妙に寂しくなったり。それから派生したのか、飲みなんて自分から誘ったことないのに早速大学の友人を誘ってみたり。まぁこれに関してはちょっと前から自分がその人に好意を寄せているってだけなんですけれど笑。


というように、微妙に自分自身の変化を感じています。これがいいのか悪いのかはよくわかりませんが、まぁ入社前に思っていたよりは楽しくやれているような気がします。とりあえずは時間の使い方をもう少し考える。将来どういう生活をしたいのかを明確にする。これから紙に書きだそう。



今日はこれくらいで。

フレキシキュリティ政策とは何か―解雇されても安心な社会システム


以前にこんな記事を書きました。


社会支出の比較―日本と北欧 - パンダのぼやき



主に社会支出(≒社会保障支出)について、日本と北欧を比較しながらまとめたものです。ポイントとしては、

・社会支出は日本より北欧のほうが大きい
・社会支出の内訳を見ると、日本は高齢者向け(医療・介護・年金など)に偏っている

が挙げられます。上記記事を見ていただければわかりますが、北欧は一般に言われている通り社会保障は充実しています。ここで重要なのは、社会保障を充実させながらも、財政状況もある程度健全であるということです*1。そしてこれを実現させる背景にあるものがフレキシキュリティ政策(主にデンマークスウェーデンの仕組み)であり、現役世代向け支出です。今回はこのフレキシキュリティ政策についてまとめます。

フレキシキュリティ政策とは何か


フレキシキュリティとは、フレキシビリティ(労働市場の柔軟性)とセキュリティ(生活の安全保障)を合わせた造語です。下図がフレキシキュリティ政策の概念図なのですが、まずはそれを見ていただいて、そこから1つひとつ説明を加えたいと思います。


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労働市場の流動化


まずは労働市場の流動化の流動化についてです。労働市場の流動化とは雇用の弾力性を高めること、もっと簡単に言ってしまえば、解雇を容易にするということです。日本において雇用を流動化する(解雇が容易になる)と言うと反発がすごいですが、北欧では解雇されても問題が起こらないように、下記のような手厚い失業給付が給付されます。


手厚い失業給付


その手厚い失業給付というのが以下。


北欧の失業給付 - パンダのぼやき



※久しぶりに上記記事を見てみたら見づらいですね…。時間があるときに表にでもします。



北欧諸国に関して大雑把に見れば、スウェーデンデンマークでは給付額が失業前所得の80%~90%、ノルウェーフィンランドでは約60%といったところです。給付期間は概ね2年です。



他方の日本はというと、給付額は前職賃金の50~80%、給付期間は通常6ヶ月、最大でも1年です。やはり北欧諸国の保障と比べると見劣りします。



しかし、こんなにも長いこと給付をもらっていたら働かなくてもいいのでは?と思われるかもしれません。ここで機能してくるのが、就職活動をしないことによる減額措置*2積極的労働市場政策(アクティベーション)と呼ばれるものです。

積極的労働市場政策


積極的労働市場政策とは、一言で言えば職業訓練のことです。失業者に対して再教育や再訓練を行うことによって、新しい就業を保障していくというものです。このように手厚い失業給付と積極的労働市場政策がバックにあるために、解雇されても労働者は基本的に困らないし、企業としても不況時には人員削減、好況時には増員というような柔軟な対応ができます。



ちなみに日本の傾向としては、歴史的に見ると不況時には人員削減ではなく、賃下げで対応してきました。この結果として起きたのが長年続いたデフレだと思います。この辺を話し始めると話が逸れるのでこれくらいにしておきます。

まとめ


雇用を保障しようと考えるのならば、日本では解雇しづらい仕組みにするというのが普通の考え方だと思います。日本において解雇規制の緩和というような議論になった場合に反発がすごいのは、この考え方に基づいているからだと思われます。



しかしながら北欧では、これまでにまとめたような仕組みで雇用保障を図っています。日本との比較で整理すると、

日本:基本的には解雇しないことで雇用保障を図る
北欧:解雇されたとしても手厚いセーフティーネットで雇用保障を図る


という違いがあります。この違いは結構重要で、日本の場合は終身雇用という言葉があることからもわかるように雇用の流動性が低いので、この状態は(現代では)経済的にあまりよろしくありません。逆に北欧は、雇用の流動性を高め、雇用と社会保障をうまく結合させて経済成長も実現していまして、仕組みとしてうまく回っています。



社会保障ばかりが強調されがちな北欧ですが、そこに雇用という分野を織り込んで考えることが、北欧の仕組みを理解する上で非常に重要です。最後に文章でフレキシキュリティ政策をまとめると、


経済成長のために労働市場を流動化しつつ、その流動化による労働者の失業という欠点を補うべく手厚い失業給付を整え、更にその給付に安住させないために減額措置と再教育や再訓練という積極的労働市場政策を整備することで、雇用と社会保障をうまく結合させた仕組みのこと

と言えそうです。



今回はこれくらいで。



参考文献・資料
・ケンジ・ステファン・スズキ『消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし』角川SSコミュニケーションズ、2010年
神野直彦『「分かち合い」の経済学』岩波書店、2010年
・宮本太郎『生活保障』岩波書店、2009年


「分かち合い」の経済学 (岩波新書)

「分かち合い」の経済学 (岩波新書)

消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし  角川SSC新書 (角川SSC新書)

消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし 角川SSC新書 (角川SSC新書)

生活保障 排除しない社会へ (岩波新書)

生活保障 排除しない社会へ (岩波新書)

*1:http://ahlaes.com/post/897

*2:期間や額については参考文献に書いてあります。ここではそういうのがあるということだけ把握していただければと思います。

明日から社会人。抱負とかがあるわけではないけれど、なんだかそわそわするので何か書きます。―就活の際、自分がやりたいことも大事だけれど、社会の動きという観点から考えると視野が広がると思うという話


就職活動真っ最中の時期かと思います。私自身も1年前に同じことをしていたので(ということは明日から社会人!)、記憶が鮮明なうちに(時間のあるうちに)書いておこうと思って筆を執った次第です。で、何を書こうかなぁと考えたのですが、とりあえず以前に書いた以下エントリをもう少し具体的にまとめたいと思います。


就活のスタンス―どのような基準で就活を進めたか - パンダのぼやき




詳しい内容は上記エントリを読んでいただきたいのですが、簡単に言えばどういう基準で就活をしていたか?ということを書いています。その中で、やりたいことがない場合の就活の軸はどうなるのか?という話をしていて、それについてもう少し詳しく書いてみたいと思います。

自分がどうしたいか?をやたらと問われる就活


就職活動をしているとよくわかるのですが、自己分析という名のもとに、「自分は何がしたいのか?」「どんな仕事をしたいのか?」というようなことをやたらと問われます。仕事をするわけだから当たり前と言えば当たり前だと思うのですが、これに答えるのは言うほど簡単ではないと思います。



実際問題として、大学生なのだからまともに働いた経験があるわけではないし、働いたと言ってもせいぜいアルバイト。その中で自分がどんな仕事をしたいのかを判断するというのはかなり難しいと思います。当時の私も何がしたいのかなんてはっきりしていなかったし、未だによくわかりません。仮に自分がしたい仕事があったとしても、色々な理由でそれが出来ないことだって多々あると思います。



そこで、自分が何をしたいのかが見えないのならば、もう少し視野を広げて自分以外の要素を加味して考えて見ると良いと思っています。上記エントリでは仕事以外をどう設定したいのか(趣味を重視?家庭を重視?仕事を重視?)を考えることで見えてくるものもあると述べましたが、それを更に広げて自分以外の要素を考えてみるのです。

例えば?


では、その自分以外の要素とは何か。それが自分を取り巻く社会環境、経済環境です。私の場合はいわゆるベンチャーを受けていました。ベンチャーで働くメリットとしてよく言われるのが「自身の成長スピード」だったり「仕事の裁量権が大きい」などなど色々と言われていることがあるわけですが、私はベンチャーを受ける動機としてこれらを理由にはしませんでした。いや、最終的には裁量権や成長スピードに行き着くところはあるのですが、一応「なぜベンチャーなのか?」と問われた時に、「できるだけ早く自立して、先輩や上司がいなくても仕事が一応できる、という状態にしたい」というのを理由にしていました(それは大企業でもできる!というツッコミはやめて下さい。心折れます。)。要するにある程度は自分の力で稼げるようになりたいということです。



なぜそのようなことを求めているのか。それが自分の周囲を取り巻く社会環境、経済環境の変化があります。例えば近年では雇用者のうちの非正規雇用の割合が3割を超え、終身雇用や年功賃金というのが揺らいできています。また、日本の名だたる企業が整理解雇をしている状況を見ても、やはり終身雇用や年功賃金はいずれなくなるものだろうと思えます。



これが正しいとすれば、安定というのは企業に依拠するものではなく、自分の力である程度稼げるというような、自分自身で作り出すものなのかなぁと思うようになりました。厳しい道ではあるけれど、これができるようになれば、フリーランスとか起業も視野に入れることが出来そうですし、何より大企業でも整理解雇をする時代ですので、終身雇用にすがってしまうほうがよほどリスクが高いような気もします。



更に自分の志向として、将来的には仕事以外の趣味や家庭を大切にしていきたいというのがあるので、時間的にできるだけ柔軟な働き方がしたいと思っています。ただ、現状では組織に所属するとこれは難しい。だから若いうちに力をつけて(仕事の時期)、家族を持った時に柔軟な働き方ができるように(独立?フリーランス?その他もろもろ…)なっていたい、というのが今のところの考えです。これらを実現するために、早い段階から市場価値を高めたいと思ってベンチャーを選びました。的なことを宣っていました。こういうことを言っている時点で大企業では受け入れられないだろうなと思ったので、いわゆる大企業はほとんど受けていません。



反論は山ほどあるかと思いますが、自分で考えた結論なので、これで失敗したとしてもとりあえず納得はできます。

まとめ


最後は自分を取り巻く環境変化ではなく自分がどう生きたいのか?という話にそれてしまいましたが、いずれにせよ、仕事以外の要素で自分はどうしたいのか?を考えると見えてくるものはあると思います。



仕事で何がしたいか?というのももちろん大切だと思います。就活をすればわかりますが、自分自身はどんな仕事をしたいのか?がかなり強調されている印象です。自分のことなのだからそれは当たり前だし、採用側も一緒に仕事をする人を選んでいるのでそれが強調されて当然なのですが、でも、そもそも何がしたいのかもわからないという人もいると思います。私は未だにそうだし、これらを聞かれたら「具体的なものはわかりません!」と言っていましたwまぁそのフォローとして「相手を思いやれる…」みたいな抽象的なことは言っていたけれど。全然フォローになってないなぁ。



また、やりたいことがあったとしても就けないこともしばしばあります。もはや働きたくない…。なんて方もいると思います。働きたくないのであれば、全く働かないというのは厳しいと思うので、働くことをできるだけ最小化して生きるにはどうしたらいいかを考えてみればいいと思います。



そんなわけで、周辺環境の変化から考えていく、もしくは上記エントリのように自分がどんなライフスタイルにしたいのかを考えるというのも、仕事や働き方を考える上で1つの手だと思います。



もはや仕事が土台にあって家庭や趣味があるというような時代ではないような気がします。それぞれの要素が独立していて、どれを重視するかはその人の価値観というか。先日見た『INTO THE WILD』という映画では、「キャリアは20世紀の遺物だ」というような台詞がありましたが、そこまでは言わないにしろ、仕事を人生の土台と考える生き方だけではなくて、仕事も人生を構成する1つの要素くらいに考えるのもありな気がします。



などと偉そうなことを言っていますが、私は明日から社会人。当分は仕事一辺倒、目の前のことで手一杯になりそうです。とはいえ、これも自分が実現したい生き方に向けての第1歩と考えて、一生懸命頑張ります。気を引き締めて、でも気負いすぎず。明日起きれるかなぁ。


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こちらの紹介記事を見て最高に見たいと思ったので、見てみました。素晴らしい紹介記事だと思うので是非読んでみてください。


幸福と食について 〜INTO THE WILD〜 - grshbの日記



ちなみにネタバレありです。ただ、本作に関しては内容的に推理したりするものでもないのでそんなに問題ないと思います。ネタバレが嫌いな人は本エントリ、上記エントリともに読まないほうが良いです。

あらすじ


あらすじも上記記事を読んでもらえれば大体わかるのですが、要は裕福な家庭に生まれ物質的に豊かに育った主人公がその豊かさに疑問を抱き、大学卒業後にはその豊かさを捨ててアメリカを放浪、本当の幸福とは何かを探していくというノンフィクションです。

「HAPPINESS ONLY REAL WHEN SHARED.」


本作を見て一番印象的だったのはやはりこの部分。日本語で言えば「幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合った時だけだ」といった意味。



最近はこれをすごく痛感しています。というのも、id:grshbさんもおっしゃっていますが、私も自己完結的な幸せというものはあると思っています。以下は氏の文章を引用。

この結論について真偽を下すのは簡単ではない。確かに彼の言うとおり、幸せは誰かと共有してこそのものだろう。だけど一方で、もっと個人的な幸せ、自己完結的な幸せというものもあるのではないかとも思う。現に彼はそんな幸せを手に入れていた。問題はそれがすぐに萎れてしまうことだった。


私の中での自己完結的な幸せというのはいくつかあるのですが、例えば特に中身の無いギャグアニメを見てニヤニヤしたり、社会科学系を勉強してあれこれ考えたり、寝たりなどなど。最後の寝たり。というのは完全な自己完結的な幸せだと思うのだけれど、アニメとか勉強に関しては完全な自己完結的な幸せかと言われるとちょっと違う気がしています。いや、違うというより、自己完結的な幸せなのだけれど、これが誰かと共有されることによってこの自己完結的な幸せがより高次の段階に進むように思うのです。



というのは、アニメを見てその場は確かに幸せな気持ちになるんですよね。「あー面白かった。来週も楽しみだなぁ。」って思います。社会科学系の勉強に関しても、知識を吸収し、あれこれ考えながら自分なりの結論に辿り着いた時は気持ちがいいです。社会が変わるかどうかも大事だけれど、それ以前にこの考えるというプロセスがすごく楽しい。楽しいと幸せはちょっと違うのかもしれないけれど、まぁ近いものかなぁと個人的には思っています。



というように自己完結的な幸せは実際にあるのですが、これらが共有された時、幸せの度合いが結構な勢いで上がります。



例えば社会科学に関する勉強。私の場合は大学生活でこういった話があまり共有できていませんでした。でもある時、こういった話を共有できる友人が現れました。この時の嬉しさと言ったら…。しかも趣向がニッチなだけに余計に幸福度が高まったというか。それは友人も同じだったようで、気づいたらサイト運営まで始めていました。↓↓


アラエス -全ての人に学びの空間を-



アニメも同様で、自分がその場で楽しむのもそれはそれで幸せなのだけれど、それを他人と共有できるともっと幸せな気分になります。最近では勉強つながりで輪も広がって、ちょっとだけれど飲み友達も増えました。話題を共有できる仲間が増えるのは本当に幸せです。

まとめ


ということでまとめると、私が本作で感じたのは以下。

・幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合った時だけだと主人公は言うけれど、
・自己完結的な幸福も存在すると思う。
・でも、共有されることでより高次の段階の幸福に辿り着ける


といったところです。なんだか映画の感想とは離れてしまったような気がするけれどまぁいいか。本当に見てよかった。



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