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共有されることで幸福感は増大する―『INTO THE WILD』を見て

見ました。


イントゥ・ザ・ワイルド [DVD]

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こちらの紹介記事を見て最高に見たいと思ったので、見てみました。素晴らしい紹介記事だと思うので是非読んでみてください。


幸福と食について 〜INTO THE WILD〜 - grshbの日記



ちなみにネタバレありです。ただ、本作に関しては内容的に推理したりするものでもないのでそんなに問題ないと思います。ネタバレが嫌いな人は本エントリ、上記エントリともに読まないほうが良いです。

あらすじ


あらすじも上記記事を読んでもらえれば大体わかるのですが、要は裕福な家庭に生まれ物質的に豊かに育った主人公がその豊かさに疑問を抱き、大学卒業後にはその豊かさを捨ててアメリカを放浪、本当の幸福とは何かを探していくというノンフィクションです。

「HAPPINESS ONLY REAL WHEN SHARED.」


本作を見て一番印象的だったのはやはりこの部分。日本語で言えば「幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合った時だけだ」といった意味。



最近はこれをすごく痛感しています。というのも、id:grshbさんもおっしゃっていますが、私も自己完結的な幸せというものはあると思っています。以下は氏の文章を引用。

この結論について真偽を下すのは簡単ではない。確かに彼の言うとおり、幸せは誰かと共有してこそのものだろう。だけど一方で、もっと個人的な幸せ、自己完結的な幸せというものもあるのではないかとも思う。現に彼はそんな幸せを手に入れていた。問題はそれがすぐに萎れてしまうことだった。


私の中での自己完結的な幸せというのはいくつかあるのですが、例えば特に中身の無いギャグアニメを見てニヤニヤしたり、社会科学系を勉強してあれこれ考えたり、寝たりなどなど。最後の寝たり。というのは完全な自己完結的な幸せだと思うのだけれど、アニメとか勉強に関しては完全な自己完結的な幸せかと言われるとちょっと違う気がしています。いや、違うというより、自己完結的な幸せなのだけれど、これが誰かと共有されることによってこの自己完結的な幸せがより高次の段階に進むように思うのです。



というのは、アニメを見てその場は確かに幸せな気持ちになるんですよね。「あー面白かった。来週も楽しみだなぁ。」って思います。社会科学系の勉強に関しても、知識を吸収し、あれこれ考えながら自分なりの結論に辿り着いた時は気持ちがいいです。社会が変わるかどうかも大事だけれど、それ以前にこの考えるというプロセスがすごく楽しい。楽しいと幸せはちょっと違うのかもしれないけれど、まぁ近いものかなぁと個人的には思っています。



というように自己完結的な幸せは実際にあるのですが、これらが共有された時、幸せの度合いが結構な勢いで上がります。



例えば社会科学に関する勉強。私の場合は大学生活でこういった話があまり共有できていませんでした。でもある時、こういった話を共有できる友人が現れました。この時の嬉しさと言ったら…。しかも趣向がニッチなだけに余計に幸福度が高まったというか。それは友人も同じだったようで、気づいたらサイト運営まで始めていました。↓↓


アラエス -全ての人に学びの空間を-



アニメも同様で、自分がその場で楽しむのもそれはそれで幸せなのだけれど、それを他人と共有できるともっと幸せな気分になります。最近では勉強つながりで輪も広がって、ちょっとだけれど飲み友達も増えました。話題を共有できる仲間が増えるのは本当に幸せです。

まとめ


ということでまとめると、私が本作で感じたのは以下。

・幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合った時だけだと主人公は言うけれど、
・自己完結的な幸福も存在すると思う。
・でも、共有されることでより高次の段階の幸福に辿り着ける


といったところです。なんだか映画の感想とは離れてしまったような気がするけれどまぁいいか。本当に見てよかった。



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