ニューディール租税政策―留保利潤税とは何か
以前に、世界恐慌が発生した原因についてまとめました。
なぜ世界恐慌は起きたのか―世界恐慌から現代日本を捉え直してみる - パンダのぼやき
一言でいえば、生産に需要が追いつかなかったのではなく、需要が生産に追いつかなかったこと(過少消費)によって世界恐慌が発生したという議論です。この議論を受けて、当時のローズヴェルト大統領は、需要の創出を中心としたニューディール政策に舵を切りました。今回はニューディール政策の中の租税政策、さらにその中の留保利潤税についてまとめていきたいと思います。
当時の社会状況
当時の社会状況としては、景気循環(恐慌)、社会的不平等(貧困)、失業、独占・寡占(少数の巨大企業が市場を支配する状態)の問題がありました。これらは相互に関連しているのですが、ここでは独占・寡占に焦点を当ててみます。マルクスが指摘したように、資本主義経済が高度化すると独占・寡占が形成され、他方で労働者の貧困が進んで購買力が低下し、過剰生産に陥って恐慌になると考えられました。
そこで独占・寡占はダメでしょうという反独占、市場の制御の議論が盛り上がり、ニューディール政策に反映されました。この文脈から出てきたのが留保利潤税です。
留保利潤税とは何か
企業の留保利潤、つまり、いわゆる企業の内部留保に課税する法人税のことです。
内部留保とは:
企業の純利益から、株主への配当や役員賞与、税金(法人税)、人件費などを差し引いた残りの留保分のことです。もっと簡単に言ってしまえば、企業があれこれ支払った上で、なお企業の手元に残る儲けの貯えのことです。この貯えにも税金を課す!というのが留保利潤税です。個人に置き換えれば、貯金に課税される貯蓄税みたいなものです。それはもう反発必須ですね。
留保利潤税がもたらすもの
こんな反発が目に見えている税金を、当時のローズヴェルト大統領はなぜ、課そうとしたのでしょうか。それには2つの目的がありました。
1、水平的公平性の追求
2、市場システムの制御
です。1は「等しい経済状況にある者には等しい税負担を課すことが公平だ」とする考え方です。これについては別途まとめられたらと思います。2はつまり、反独占のことです。こちらが留保利潤税の要でした。
独占・寡占という問題は、アメリカ資本主義にとっての長年の懸案だったのですが、これに関しては2つの立場がありました。それがブランダイス主義者と計画主義者です。
ブランダイス主義者
:独占否定論者のこと。独占・寡占の弊害は大きいので、これらを解体して、無数の零細企業による自由競争市場の構築を図るべきだという考え方。
計画主義者
:独占肯定論者のこと。資本主義経済の発展の中で独占・寡占は不可避のため、それらをうまくコントロールしながら、巨大企業の力を活用するほうが経済発展につながるという考え方。
こうした立場の違いは、ローズヴェルト政権内にもあり、双方の主張は相容れないようにも見えます。しかし、留保利潤税に焦点を当てるとどうでしょうか。
ブランダイス主義者から見た留保利潤税
:反独占に非常に有効な施策だと考えられました。内部留保でコストをかけずに資金調達が可能な巨大企業と、高い資金調達コストに悩む零細企業の格差が存在し、この格差が投資余力にも格差をもたらし、一層の独占・寡占が進行させる。これを食い止める手立てとして有効だと考えました。
計画主義者から見た留保利潤税
:①資源配分の効率化、②私的投資から公的投資へ振り向けるという点から、留保利潤税の有効性を説きました。
①について。独占・寡占の問題点として、消費財価格の高止まり(生産調整による価格維持)と、それによる消費の冷え込み、さらに資源配分の非効率性という3つを挙げています。これら3つの問題点を留保利潤税は解決するといいます。その流れとしては以下。
新税導入→株主に多額の配当→より高い収益性を示す企業へ投資→長期的には新興企業が成長→それに伴って独占・寡占状態から競争が生まれ、消費財価格の低下→需要増→景気回復
以上が資源配分の効率化(収益性の高い投資先に資本を振り向けること)です。
②について。留保利潤税のもう一つの効用として、支出効果が挙げられています。ここでの支出とは公的支出のことです。企業の内部留保を吸い上げ、産業準備基金を設けて、それを原資として財政支出をすることで経済の安定化を図るというものです。これが私的投資から公的投資への振り向けです。
かなり大胆な発想ですね。もちろん反論もありそうですが。
☆以上のように、両者の立場は異なるものの、独占・寡占の弊害(生産調整と価格の硬直化)は問題であり、これは是正しなければならないという認識は一致していたため、留保利潤税に関しては利害が一致したのです。そうして留保利潤税は導入に至りました。
留保利潤税の運命
こうして何とか導入にまでこぎつけたのですが、景気動向などによって予想以上に難航し、わずか5年で撤廃されました。
☆☆☆☆☆
今回はニューディール租税政策の留保利潤税に焦点を当てましたが、間接税重視から直接税重視への路線転換、所得税を高所得者だけでなく、大衆課税に転換させることで税収を伸ばしたこと、そして所得税の累進性を高めて所得再分配機能を強化し、相続税と組み合わせることで富の集中を回避したことなども重要です。この部分は一層深めていければと思っています。
現代日本の議論としては、共産党の内部留保を使って賃上げをしましょうという議論に近いものがあるかと思います。
また、アベノミクスの一つとして投資減税という議論がありましたが、これは発想としては留保利潤税の逆ということになりそうですね。投資しないと税金かかるぞ!ではなく、減税するから投資しなさい!ということです。ニューディール政策を見ると、投資を促すのは減税だけではないのかもしれないなと思わされます。
参考文献
・諸富徹『私たちはなぜ税金を納めるのか』新潮社、2013年
私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史 (新潮選書)
- 作者: 諸富徹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2013/05/24
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (5件) を見る