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有機的国家論―納税は「義務」という考え方


以前は「原子論的・機械論的国家論」についてまとめました。↓↓↓


原子論的・機会論的国家論―納税は「権利」という考え方 - パンダのぼやき



これと対照的な国家論が「有機的国家論」です。これについて、簡単な復習を踏まえながら進めていきます。


税金を納めることは「権利」なのか、「義務」なのか


「権利」という認識の国:イギリス
⇒国家による生命と財産の保護に対する対価。「原子論的・機械論的国家観」
「義務」という認識の国:ドイツ(19C)
⇒国家こそが社会秩序の形成者である、という考え方。「有機的国家観」

個人と国家は運命共同体

「有機的国家観」が出てきた背景

⇒ドイツが後進国だったことが挙げられる。イギリスの「原子論的・機械論的国家観」というのは、豊かな経済基盤に支えられた市民社会が十分に成長していたからこそ出てきた考え方であった。他方の19Cドイツは、封建勢力が強固で、イギリスほど成熟していなかった。しかも、無数の領邦国家が分立して統一国家の体裁をなしておらず、ナポレオンの侵攻にもなすすべなく敗退する状態であった。



☆こうした社会情勢の中で、イギリスやフランスといった先進国家に対抗するためには、国家がイギリスとは異なる役割が必要だったのです。つまり、先進国家に追いつくために、国家が社会の形成者となる必要があったのです。重要な考え方で言えば「上からの改革」です。これは先進国に追いつけ追い越せをやっていた日本も似たようなあり方です。日本は未だにこのあり方を引きずっている感はありますが・・・上からの改革、下からの改革については↓↓↓


近代化の2つのパターン - パンダのぼやき


☆若干話が逸れました。要は、ドイツ的国家論では、全体利益あってこその私的利益であり、全体が損なえば個人も損なうというように、個人と国家は運命共同体と捉えられていたということです。こうした「有機的国家論」は、ドイツ的な租税理論や納税を「義務」とみなす倫理観に大きな影響を与えました。


では、こうした国家観を構築したのは誰なのでしょうか。ヘーゲルです。

『法の哲学』


ヘーゲルは、社会の成り立ちを「家族」「市民社会」「国家」という3項関係から説明しました。以下、主著『法の哲学』にそって、その概略を見ていきます。



家族から市民社会への移行


まず、ヘーゲルによれば、「家族」は最も自然的な社会単位であり、最小単位だという。家族に属するものはまだ独立した一個人ではなく、あくまで家族の構成員。

しかし、子供はいつまでも家族の中にとどまっているわけではなく、そのうち自立する。この自立した個人は、今まで家族と生活することで得られていた生活の糧を、自立によって外部から調達せざるを得なくなる。
⇒市場を通じた交換社会の成員となることで、自らの生存を確保するようになる


☆これが家族から市民社会への移行です。


市民社会の3つの契機


市民社会には相互依存性という特徴があるという
⇒分業が進み、誰もが自分の生活のすべてを自分のみでは面倒見きれないということ。
分業については↓↓↓


社会的分業と市場の成立 - パンダのぼやき
アダム・スミスの生きた時代―なぜ分業を提唱したのか - パンダのぼやき


ヘーゲルによれば、この市民社会には3つの契機があるといいます。以下、下記諸富参考文献、62-63頁。

①:個々人の労働によって、また他のすべての人々の労働と欲求の満足によって、欲求を媒介し、個々人を満足させること―欲求の体系。
②:この体系に含まれている自由という普遍的なものの現実性、すなわち所有を司法活動によって保護すること
③:右の両体系の中に残存している偶然性に対してあらかじめ配慮すること、そして福祉行政と職業団体によって、特殊的利益を一つの共同的なものとして配慮し管理すること。


ピンときませんよね。もう少し簡単に言うと・・・


①は各市民がお互いに依存しあいながらも、自身の欲求を満たそうとする社会のメカニズムのこと。=市民社会の原理

しかしこの①の欲求の体系は、②で言われているように、市民が自分の欲求を自由に表明し、行動できることが保護されている限りにおいて初めて機能するということ。
=市民社会は国家なくして機能しないということ。


※このあたりは「法の支配」などとも関係してきます。法によって経済的自由権が認められて初めて経済は発展するということ。↓↓↓


近代法:英米法と大陸法 - パンダのぼやき
近代経済の性質―アダム・スミスを軸に - パンダのぼやき


③は要するに「格差」のことを言っています。自由な経済活動の結果として生じる格差を、「福祉行政」と「職業団体」を通じて是正し、調整することを国家の役割として与えた。


☆☆☆☆☆

こうしてヘーゲルは、欲求の体系としての市民社会という論理から、国家はなくてはならないという必然性を導き出しました。これはロックらに代表される社会契約論から導き出される国家像とは決定的に異なります。


納税が義務という部分に答えきれていない感じですが、これについてはヘーゲルの考え方を踏襲・昇華させた学者、ロレンツ・フォン・シュタインとアドルフ・ワーグナーの議論を見るともう少し見えてきます。これについては改めて。


参考文献
・諸富徹『なぜ私たちは税金を納めるのか』新潮社、2013年

ヘーゲルとその時代 (岩波新書)

ヘーゲルとその時代 (岩波新書)

私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史 (新潮選書)

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