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日本ではデモが大規模化しづらい

 

下記資料を見て思ったのは、「反韓デモ」に対する批判というよりは「デモそのもの」を批判している(嫌悪感を抱いている)ように見えるということです。まとめサイトですのでターゲットが限定されすぎて(まず女子に絞っている点と、文面から若い感じがするので10代が中心かな?)一般化することには無理があるかもしれませんが、「デモとかレベル低い」「デモなんかやって何か変わるの?」的なツイートを見ていると、デモそのものに対する嫌悪感、一人では何もできないような寂しい人、暇人、みたいな考え方が見えてきます。若い女性に限らず、日本人って割とこういう考え方の人(特に若者)は多いような気がします。

 

ただ、個人的にはデモって重要な活動だと思うのです。デモの中身はひとまず置いておいて、何かを変えてほしい、変えたいと思った時に、一人ではできないことは多い(特に政治経済、社会制度など)と思います。例えば原発のデモをみるとわかるように、恐らく一人で原発反対を主張しても誰も相手にしてくれませんが、同じ考えの人が集まって主張することによって「結構な人が反対しているんだな」と原発を推し進めようとしている人に自覚させることができます。集まった数によっては主張を受け入れざるを得ない事態も考えられます。アラブの春においては、実際にいくつもの政権が転覆しました。これは現代における話だけではなくて、フランス革命名誉革命のような市民革命も基本的にはデモと同じだと思います。

 

このように、何かを変えたい、変えてほしいと思った時に、デモは重要な役割を果たします。ただ、日本においては歴史的に見てデモで何かを変えたという経験を持たないために(明治維新も戦後改革も結局は上からの指導で出来上がったもの)、デモそのものに「無意味さ」を感じてしまうのではないでしょうか。結局のところ、自分も含め、誰かが変えてくれるとどこかで思っているのかもしれません。もしくは現状に満足しているか。割と現状に満足している感はありますね。日本にいれば特に不自由ないですし。こうした点から、日本ではアラブの春のようにデモを大規模化することは難しいのかなと思った次第です。

 

 

参考資料

 

NAVERまとめ http://matome.naver.jp/odai/2137166869971422701 (閲覧日:2013624日)