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目上であるから尊敬するわけではない


先日、たまたまやっていたリーガル・ハイの再放送を見ていました。コミカルでテンポが良く、なおかつ本質的な部分も抑えている素晴らしいドラマだなと思います。

生きている長さと尊敬の度合いは比例するのか


さて、そんなリーガル・ハイですが、古美門弁護士と弁護される村人との間でこんなやり取りがありました。かなり熱く盛り上がる場面なのでぜひ見てほしいのですが、本記事に関連するところを抜粋。

村人「おい若造、お前何なんだよ!お前そんなに偉いのか!」
村人「そうよ!目上の人を敬うってことがないの!?」
村人「私たちは君の倍は生きてんだ!」

古美門「倍も生きていらっしゃるのにご自分のこともわかっていらっしゃらないようなので教えて差し上げているんです。
      いいですか。皆さんは国に見捨てられた 民、棄民なんです。国の発展の為には年金を貪るだけの老人なんて無価値ですから、ちりとりで集めてはじっこに寄せて、羊羹を食わせて黙らせているんです。大企業に寄生する心優しいダニそれが皆さんだ」

コストブログ2 【ドラマ】リーガル・ハイの長台詞


古美門先生の発言の是非はここでは置いておいて、私が今回考えたいのは村人の発言です。この発言を見ていると、目上だから尊敬されるべきだ、というニュアンスを感じます。これはドラマだけでなく、現実でも案外あるのではないでしょうか。先に言っておくと、私は目上であるというだけで尊敬すべきだは思っていません。

目上は尊敬されるべきという認識の原点―中学の部活


例えば学校教育における部活動。私は高校までは野球部にどっぷりと浸かっておりまして、先輩=尊敬すべきという関係性を嫌というほど体験しました。一番最初にこれを意識したのは中学1年生だったと思います。小学生のころは目上の人でも○○君!みたいな呼び方をしていたのに、中学生になって部活に入ると急に○○先輩に変わるので、先輩と呼ぶのに抵抗というか、違和感がありました。名称(肩書き)が与える印象というのは結構あると思います。



先輩は先輩で、初めて先輩と呼ばれることが嬉しいからなのか、態度の大きい人も多かった印象です。先輩に対して何か調子に乗ったような発言・行動を取ると、「先輩に向かってそういう態度を取っていいのか?あぁん?」となります。そりゃあ具体的にどういう態度をとったかによって、「あぁん?」の正当性が変わってくると思いますが、中学くらいだと割と何に対してもこういった態度をとるきらいがあるような気がします。


ただ、実際問題、中学時代というのは体の変化が著しい時期で、1年生と2,3年生では能力に雲泥の差があることが多いと思うので、私は「あの先輩すごい守備上手いな」「打球の飛距離はんぱねぇ!」「肩強っ!」などと純粋に尊敬している面もありました。



その一方で、そんなに上手くない先輩でも先輩風を吹かせる(≒尊敬を強要する)人もいました。ただ当時は、「先輩だししょうがないか」「そういうものなのだろう」と考えていたと思います。もしかしたら「それっておかしくね?」と考えていたのかもしれませんが、仮にそうだとしても、恐らく口にすることはなかったと思います。後々面倒なのは目に見えているので。どちらにせよ、とりあえずはこの中学時代に、目上=尊敬すべきという考え方の素地は作られたのではないかなと思っています。

目上=尊敬すべきという考え方への懐疑―高校の部活


高校生になると、一般的にはいろいろ自立(自分で考える)してくるものだと思われます。言われたことをただやるというよりは、練習メニューを自分たちで考えたり、そこまではいかないにしても、この練習メニューだったらこういう意識で取り組んだほうがより効果的じゃないか?みたいなことを考え始める時期だと思います。



こうした自立と並行して出てくるのが、目上=尊敬すべきという考え方に対する懐疑です。高校生にもなると、1年生でも上手ければ普通に試合に出ます。これは中学でも同じかと思いますが、中学1年と中学3年の体つきと、高校1年と高校3年の体つきでいうと、どちらかと言えば後者のほうが差が小さい印象なので(あくまで印象なのですが)、技術さえあれば試合に出られます。



ただこうなってくると、目上=尊敬すべきという考え方に揺らぎが出てきます。というのも、例えば1年生で試合に出て、なおかつ1年生的な仕事(道具片付け、グラウンド整備など)もしっかりやっている人がいる一方で、そんなに上手いわけでもない、試合にも出ていないのに先輩という名前だけにかまけて何もしない、態度はでかい、みたいな対照的な存在を目にするようになります。あくまで個人的なバックグラウンドなので極端な例かもしれませんが、さすがにこういう状況を目にすると、目上=尊敬すべきというのはちょっと違うだろ?と思うわけです。中学時代のように、「そういうもんか」なんて思えないのです。



会社でもそういう場面はあるのかもしれません。大して働いているようにも見えない、かつ結果も出ていないのに、先輩とか上司というだけで態度は大きいみたいな感じ。実際にそういう経験をしているわけではないのでよくわからないのですが。

まとめ


ここまでかなり個人的な経験に基づく話をしてきたわけで、実際にこういう人がいわゆる社会人の中にいるのかは私がまだ社会人じゃないのでわかりませんが、要するに言いたいことは、目上であるというだけで尊敬されるわけではないということです。年を重ねたことによって経験や技術などが蓄積し、目下の者より優れた何かを持つからこそ、価値が生まれ、尊敬されるのだと思うのです。



※誤解されると嫌なので一応言っておきますが、もちろん下手だからという理由で目上の方をバカにしてよいと言っているわけではありません。



私は大学生ですが、幸いにも周りの先生方に目上=尊敬すべきという態度を取る方はいません。彼らの話を聞けば圧倒的な知識量と能力の高さを実感するのですが、逆に学生が良い意見を述べたならきちんとほめて、「私にはない視点だった」と言ってくれますし、良い論文だと思えばしっかり「良かった」と伝えた上で、足りない部分を指摘してくださいます。まぁ実際は社交辞令なのかもしれませんけれど。



要するに、年齢ではなく、その人の能力で判断しているわけです。これは能力による判断を礼賛しているわけではなくて、年齢だけで評価することの正当性が私にはわからないということです。ほかの人が目上=尊敬すべきだと思うことは自由ですが、そうした態度が好意的にみられることはまずないと思っています。



相手がどんな年齢であれ、良いと思うときは良い、ダメなときはダメと言える人間になりたいものです。でも、言うは易し行うは難しなのでしょうね。だからこそ、常に意識しておきたいものです。


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