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インターネットと居場所―『僕の見たネトゲ廃神』を読んで


読みました。


僕の見たネトゲ廃神

僕の見たネトゲ廃神



私はネトゲを1回しかやったことがなく*1、いわゆるネトゲ廃神*2の生態を全く知らなかったので、読んでいてかなり新鮮でした。

内容


本書の大まかな内容は、家庭の事情で廃人を経験した著者が色々な廃神に会いに行って話を聞くというものです。廃神と呼ばれるくらいなので出てくる人達みんなすごいのですが、その“すごさ”が私のイメージと結構違いました。



というのも、ネトゲにどっぷり漬かっている人と言えば、食事やお手洗いなどの最小限の生命活動以外は1日中自宅でパソコンに向かっている、というイメージを持っていました。かなりの偏見に塗れていますが、友人にネトゲをやっている人もいなくて本当に無縁の世界だったので、イメージばかりが先行していました。というか、私自身テレビゲームはスーファミで止まっているような人間なので、ゲームは本当に無知ですw



しかしながら、実際には普通にリアルと両立している人もいるそうです(当たり前と言えば当たり前なのですが)。例えば、普通に高校に通って部活をしながら廃神に上りつめて、大学でもネトゲを続け、現在ではネトゲから離れているものの小学校の教員をしている方や、妊娠がきっかけで暇を持て余したのをきっかけにネトゲを始め、赤ちゃんを抱えながらネトゲをやっている(こちらも廃神)という方もいました。こういうママさんがネトゲをやることは案外多いみたいで、「ごめんちょっとミルク!」などのママらしいチャットが飛び交うギルド(グループみたいなもの)だったそうです。



この他にも私のイメージ通りの廃神の話やネトゲで出会った彼氏に励まされて大学院を目指した女性の話、アメリカでは戦争ゲーマーを新兵募集に利用しているという話など、自分の知らない世界を垣間見れた気がしました。


インターネットと居場所


著者自身が強く意識して書いたのかはわかりませんが、本書を読みながら、インタビューを受けた方々(もちろん全員ではありません)が“居場所”とか“コミュニケーションの場”をネットに求めているという印象を受けました。例えば以下。

安藤さん:「ログインしてもずっと一人だったら、ネトゲは絶対続けない」と話していた。
筆者:僕もログインして、自分一人だったらネトゲはやらないと思う。やっぱり僕も、ネトゲには、コミュニケーションやコミュニティを求めているからだ。


また、遅延やサーバーダウンが頻発した状況に対して運営側が対策を怠った際に、ゲーム内社会運動的なことが起こったようです。これを黄色いローブ運動と言うのですが、この運動に参加することで、プレイヤーたちはつながりや生きがいを感じていたと言います。



あと、現在は教員をされている方の意見も興味深かったです。一般に教員の中ではネトゲはやらないほうが良いという考え方が主流だけれど、この方ははまらない程度に少しかじって欲しいと考えているそうです。以下引用。

「ただ、コミュニケーションの取り方ってやっぱり、いろいろあるじゃないですか」…「今は、やっぱりなかなかコミュニケーションが取れないとか、そういう子どもも多いんですよ。だから、まぁ、こうやって面と向かってコミュニケーションをいきなり取れって言ったら、やっぱり中には難しい人もいるじゃないですか」…「特に、ネトゲしている人たちとか、相手の顔とかが見えないから気軽に会話できるっていうのもあると思うんですけど、それも俺はコミュニケーションの一つだと思っているんです。」…「一人でDSとかやってるよりは、多少ネトゲでタイピングの練習も兼ねてコミュニケーションを取るようなところから、ぽんぽんぽんと段階を踏んでいったらいいかなと思うんで」


これらを読むと、ネトゲは一つの居場所やコミュニケーションの場になっているという印象を受けます。ログインして一人だったら続けなかったということは、ゲームそのものの楽しさよりも、居場所を求めているように感じます。ゲームそのものが楽しいからネトゲをやるものだと思っていた私にとって(もちろんこういう人も多いと思いますが)、居場所としてのネトゲというのは割と新鮮だったし、煩わしいリアルからの逃げ場としてのネトゲというのは、社会情勢が厳しい現代においては重要な役割を果たすのかもしれないと思いました。仮にリアルで失敗したとしても、別のところに居場所があるのとないのとでは、心の余裕みたいなものも変わってくると思うので。


まとめ


現在、家入さんの出馬で居場所がキーワードになっているタイミングだけに、ひっかかるものがありました。ネトゲが居場所になりえるのであれば、それは大いに活用すべきだと思います。ただ、そこだけを居場所にするとやはりいろいろ問題が出てくるので、結局のところリアルとのバランスが重要になってくるのだろうなぁと思います。教員の方も指摘していたように、コミュニケーションの練習の場としてはいいと思いますが、ここからどうやってリアルに出られるようにするのか、もしくはリアルに出なくてもどうにか自力で生活できるようにするにはどうしたらいいのか、というのが課題になるのかもしれません。



現代において居場所がないというようなことはよく耳にしますが、居場所の裾野(数)自体はインターネットによって以前より広がっているようにも思います。リアルとの両立という課題はありますが、これまでにはなかったリアル以外の場所にも自分の居場所を求めることができるようになってきてはいるのと思うので、個々人がたくさんの居場所を作れればいいのかなぁと思います。リアルもブログもツイッターネトゲも、どこに入るのか(どこのリアル、どこのブログ、どこのネトゲなど、居心地の良い場所は人によって異なる)というある種の運みたいなところもありますが、どれも居場所にはなりえると思います。ブログ一つとってもそれぞれ色があります。このブログは嫌だけど、ここなら居心地いいということもあると思います。数撃ちゃ当たるじゃないですが、いろんな場所に入ってみて、自分にはまるものが見えてくるかもしれません。入ってみて居心地が悪ければ出ればいいと思います。とりあえず入って、ダメなら出る。これを繰り返すことで自分にフィットする居場所が見えるのかななどと思っております。


僕の見たネトゲ廃神

僕の見たネトゲ廃神

僕の見たネトゲ廃神

僕の見たネトゲ廃神

*1:PSO2、レベル50くらいで飽きました。

*2:レベルがカンストのキャラクターをたくさん持っている、世界に数個しかない武器を持っている、一声で数百人もの仲間を集めることができるなど。厳密な線引きがあるわけではないのですが、廃人とは区別されるようです。