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『財政赤字の淵源』読了

書評

 

日本における膨大な財政赤字の原因を歴史的アプローチから解明した上で、今後の人々の生活を支える財政制度をどのように設計していくかを提言した書。第Ⅰ部では戦時期の高橋財政や大蔵省統制、占領期の財政運営などを切り口に、日本の財政の原型がどのように作られたかを検討しています。第Ⅱ部では高度成長期における公共事業と減税による利益分配メカニズムについて検討しています。第Ⅲ部では各部を踏まえた上で、近年では財政ニーズが変化しているにもかかわらず、それに対応した政策運営ができなかったことを指摘しつつ、今後のあるべき財政システムを提言しています。

 

第Ⅰ部の大蔵省統制のあたりは自分の勉強不足でイマイチぴんとこず、そういうものかなあくらいにしか思えませんでした。しかし、第Ⅱ部からは重要な指摘に富んでいたように思います。今日において公共事業といえば諸悪の根源(ちょっと言い過ぎ?)的な扱いがなされ、常に批判の的となっている印象を受けます。しかしながら、1950年代から70年代あたりの高度成長期までは、公共事業を所得再分配と結びつけて、社会保障による救済の代わりに、公共事業によって就労機会を提供することで低所得者を救済するという利益分配システムが合理的に機能していたことを指摘しています。これが土建国家と言われる所以だと思われます。

 

このように高度成長期当時はいわゆる土建国家という社会システムが機能していましたが、1990年代以降の様々な社会変化(金融自由化、労働法制の規制緩和、女性の社会進出など)によって社会的な要請も変化し、土建国家の限界が見えてきたと言えます。こうしたことを考えると日本政府はニーズの変化に対応できていないように感じます。今後の日本がどうすべきかについては、北欧諸国の政策が示唆しているように思う。もちろん北欧の政策をそっくりそのまま取り入れられるほど事は単純ではないでしょうから、一つの参考として、日本的にカスタムできればと思います。

 

近年の膨大な財政赤字の累積を背景に、財政再建のための歳出削減や増税の必要性が喧伝されるが、本来の目的はそこではないということを知ることができるので、一読の価値はあると思います。

 

 

財政赤字の淵源 --寛容な社会の条件を考える

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